IPS創薬で「遺伝性難聴(ペンドレッド症候群)」治験
遺伝性難聴の治療薬候補をiPS細胞(人工多能性幹細胞)を使って発見し、実際に患者に投与して効果を確認する臨床試験(治験)を慶応大の研究チームが開始しました。
iPS細胞を使った創薬の治験は、
京都大学が骨の難病(FOP)患者が対象の臨床研究に続いて、国内で2例目。
動物実験を行わずに治験を開始するケースは、国内初となります。
治験対象は、進行性の難聴やめまいを引き起こす「ペンドレッド症候群」(音の振動や体の平衡状態を脳に伝える内耳という器官に異常が生じることで起きる。)という遺伝性の病気の患者。
慶応大学病院で、7~50歳の男女16人に既存薬の免疫抑制剤「ラパマイシン」を投与して、安全性や有効性を確かめる。
治験の期間は、1人当たり10ヶ月ほどを予定。
老人性難聴、突発性難聴やメニエール病など、
難聴の多くの原因は内耳にあることが知られており、WHO(世界保健機関)によると、65才以上の3~4割は難聴によるハンディキャップを有していると言われています。
さらに先天性疾患の中でも、難聴はもっとも罹患率が高く(新生児の500~1000人に1人)、その約半数は遺伝性難聴であり、
中でも、今回の治験対象の「ペンドレッド症候群」は、遺伝性難聴の中でも2番目に患者数の多い病気です。
ペンドレッド症候群の患者数は日本国内で4000人ほどと言われていますが、
内耳組織を患者から取り出しづらい上に、マウスで病態を再現するのも難しいため、治療法の研究が進んでおらず、根本的な治療法はありません。
「そうした状況を受け、今回、ヒトiPS細胞から内耳細胞を効率的に安定して作成する方法を開発し、内耳の中でも聴覚を担当する部分の細胞を作製する方法を見出した」
と、研究チームは話しています。
慶応大の岡野栄之教授らの研究チームは、
患者の血液から作製したiPS細胞を内耳細胞に分化して、病態を体外で再現することに成功。
これによって、異常なタンパク質が内耳に蓄積して細胞が死ぬことで、難聴が起きることが分かっています。
その原因となるタンパク質を蓄積しないように分解を促進する可能性のある治療薬の候補を20種類ほど試したところ、ラパマイシンが有効なことを突き止めました。
免疫抑制剤としてラパマイシンを使う場合の10分の1の量で、効果が期待できるとしている。
チームの藤岡正人専任講師は、
「今回の治験がiPS創薬の本格的な始動になり、より多くの病気の治療につながるだろう」
「今回の治験を含め、すべてが順調に進んだ場合、うまくいけば5年ほどで実用化のめどが立つことが期待される」
と今後の期待を述べています。
従来の創薬研究では、
遺伝子操作などで作ったマウスで病態を再現し、効果を確かめるのが一般的でしたが、iPS細胞を使って動物実験を省ければ、創薬の期間短縮やコスト削減にもつながる。
今回の技術を活用することで、ほかの難聴に対しても研究を進められる可能性もあり、今後このアプローチを用いることで、ほかの遺伝性難聴疾患の病態解明や新たな治療法の開発につながることが期待されるとしています。